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天鵝絨のにほひ

やはらかに腐れつつゆく暗(やみ)の室(むろ)。
その片隅の薄あかり、背(そびら)にうけて
天鵝絨の赤きふるらみうちかづき、
にほふともなく在るとなく、蹲(うづく)み居れば。

暮れてゆく夏の思と、日向葵(ひぐるま)の
凋(しお)れの甘き香もぞする。……ああ見まもれど
おもむろに悩みまじろふ色の陰影(かげ)
それともわかね……熱病の闇のおののき……

Hachisch(ハシツシユ)か、酢か、アブサンか、くるほしく
溺れしあとの日の疲労(つかれ)……もつれちらぼふ
Wagnerの恋慕の楽の音のゆらぎ
耳かたぶけてうち透かし、在りは在れども。

それらみな素足のもとのくらがりに
爛壊(らんえ)の光放つとき、そのかなしみの
腐れたる曲の緑を如何にせむ。
君を思ふとのたまひしゆめの言葉も。

わかき日の赤きなやみに織りいでし
にほひ、いろ、ゆめ、おぼろかに嗅ぐとなけれど、
ものやはに暮れもなぬれば、わがこころ
天鵝絨深くひきかつぎ、今日も涙す。

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解説

暗い部屋(物置部屋?)の片隅にあった赤いビロードの布から広がったイメージです。

ビロード布を頭からすっぽりかぶって、いろいろなイメージが駆け巡るのです。
布をかぶるくらいだから、おそらく少年時代のことでしょう。

ビロード(veludo)はポルトガル語。ベルベット(velvet)という言い方のほうが知られているでしょうか。 光沢があり、上品な手触りでカーテンなどに用いられます。

北原白秋にとって幼年時代を想起する重要なイメージのようです。 何度も詩に登場します。「邪宗門秘曲」「」「思ひ出・序詩」。