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たんぽぽ

わが友は自刃したり、彼の血に染みたる亡骸はその場所より静かに釣台に載せられて、彼の家へかへりぬ。附き添ふもの一両名、痛ましき夕日のなかにわれらはただたんぽぽの穂の毛を踏みゆきぬ、友、時に年十九、名は中島鎮夫。

あかき血しほはたんぽぽの
ゆめの逕(こみち)にしたたるや、
君がかなしき釣台は
ひとり入日にゆられゆく……

あかき地しほはたんぽぽの
黄なる蕾を染めてゆく、
君がかなしき傷口に
春のにほひも染み入らむ……

あかき血しほはたんぽぽの
昼のつかれに触れてゆく、
ふはふはと飛ぶたんぽぽの
円い穂の毛に、そよかぜに……

あかき血しほはたんぽぽに、
けふの入日もたんぽぽに、
絶えて声なき釣台の
かげも、霊(たまし)もたんぽぽに。

あかき血しほはたんぽぽの
野辺をこまかに顫(ふる)へゆく。
半ばくずれし、なほ小さき、
おもひおもひのそのゆめに。

あかき血しほはたんぽぽの
かげのしめりにちりてゆく、
君がかなしき傷口に
虫の鳴く音も消え入らむ……

あかき血しほはたんぽぽの
けふのなごりにしたたるや、
君がかなしき釣台は
ひとり入日にゆられゆく……

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解説

中学に入学した白秋は、文学を愛好する仲間を得て、回覧誌を作ったりします。その中でも中島鎮夫(ペンネーム中島白雨)とは特に親しくなりました。

「白秋」「白雨」、どちらもペンネームに「白」の字がついてますが、これは彼ら文学仲間の連帯の証でした。

中島青年はみずから文芸部を発足し、生徒の8割近くが部員になったということですから、行動力とリーダーシップがあったようです。

ところが中島青年がトルストイの『復活』を回し読みしていたところ、普段から文芸部をよく思わない教師から難癖をつけられ、退学に追い込まれます。

当時(明治37年)は日露戦争に突入した年で、ロシア文学を愛好しているだけで非難の対象になったのです。

中島青年はこの疑いに名誉を傷つけられ、自らの潔白を証明するため、短刀で喉を突いて自刃しました。

中島青年は死に際して自分のぶんも文学の志を遂げてくれと白秋に遺書を遺します。

一番の親友を失った白秋の心中は想像するにあまりあります。白秋はその気持ちを「林下の黙想」という詩に託して「文庫」に投稿します。

この詩は審査員に絶賛され、明治37年4月号に全文掲載されます。

そしてこの年、白秋は中学を中退し、父に内緒で上京。本格的に文学の道を歩み始めたのでした。

この「たんぽぽ」という詩ですが、実際に葬儀の時たんぽぽが咲いていたのか、イメージなのかわかりませんが、中島青年が自刃したのは三月ですから、たんぽぽが咲いててもおかしくないです。

同じく「たんぽぽ」という題の白秋の童謡がありますが、こっちはほのぼのした牧歌的な内容で、この詩とは全く雰囲気が違います。

山田正紀著「金魚の目が光る」は白秋の童謡「金魚」になぞらえて殺人事件が起こるという歴史ミステリですが、中島鎮夫の死が大きな鍵となっています。白秋自身も事件の依頼主として登場します。

冒頭の「わが友は自刃したり」にうまく感情が乗らなくて、何度も録音しなおしました。それと最初の「わ」で息が抜けすぎるようです。息をゆっくり吐く修行をせねばと思いました。