北原白秋「鶏頭」朗読をきく
「秋の日は赤く照らせり。
誰が墓ぞ。風の光に、」……
秋の日は赤く照らせり。
誰が墓ぞ。風の光に、
鶏頭の黄なるがあまた
咲ける見てけふも野に立つ。
母ありき。髪のほつれに
日も照りき。み手にひかれて、
かかる日に、かかる野末を、
泣き濡れて歩みたりけむ。
ものゆかし、墓の鶏頭、
さきの世か、うつし世にしか、
かかる人ありしを見ずや。
われひとり涙ながれぬ。
墓場に咲く鶏頭の花と、そこを歩いている母子にまつわる、ぼんやりした記憶です。誰の墓か知らないが、その墓の脇に黄色い鶏頭の花がたくさん咲いていた。
母親が子供をひっぱって、泣きながら歩んでいたと。この「子供」は白秋自身かも知れないし、客観的な視点で見てるのかもしれません。
一人称的視点と二人称的視点がごっちゃになってるところが、夢っぽいと思います。
で、そういう場面、そういう人を確かにかつて見たのだが、あれは現世だったか生まれる前の記憶だったかというのです。