この道はいつか來た道、
ああ、さうだよ、
あかしやの花が咲いてる。
あの丘はいつか見た丘、
ああ、さうだよ。
ほら、白い時計臺だよ。
この道はいつか來た道、
ああ、さうだよ。
お母さまと馬車で行つたよ。
あの雲もいつか見た雲、
ああ、さうだよ。
山査子の枝も垂れてる。
北原白秋は大正14年鉄道省主催の「樺太観光団」の帰りに
北海道を旅行します。その時の印象をもとに作った詩です。
1926年(大正15)年「赤い鳥」に掲載。1927年山田耕筰によって曲がつけられました。「待ちぼうけ」「ペチカ」などと
共に今日に至るまで多くの人々に親しまれています。
「あかしやの花」「白い時計台(札幌時計台)」「お母さまと馬車で」など、
北海道情緒溢れます。
「山査子」は「山櫨子」とも書き、中国産のバラ科の植物です。春に白い花をつけます。
「北海道風景です。主人公は男の子です」(『白秋童謡読本 六』)。
「この道」で思い出すのは松尾芭蕉の
この道やゆく人なしに秋の暮れ
です。元禄7年芭蕉が亡くなる1カ月前の作で、事実上の辞世の句といっていいでしょう。
「この道」は芭蕉が歩んできた俳諧の道を指します。
それを現実の秋の暮れの風景(おそらく山道?)に託し、ああ、誰もいないなぁ、
わし一人ぼっちの道だよ。しかし悲観するわけでもなく、一人の道を飄々と歩くぞという…
突き抜けた、いい句だと思います。
「奥の細道」の中には「道路に死なん、これ天の命なり」なんて苛烈な言葉もありますが、
芭蕉は人生の道、歩みという理念を実際に二本の足で歩きまくることによって
実践したかったのではないでしょうか。