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夜は黒……銀箔の裏面の黒。
滑らかな潟海の黒、
さうして芝居の下幕の黒、
幽霊の髪の黒。

夜は黒……ぬるぬると蛇の目が光り、
おはぐろの臭のいやらしく、
せんきんたん かばん
千金丹の鞄がうろつき
黒猫がふはりとあるく……夜は黒。

夜は黒……おそろしい、忍びやかな盗人の黒、
定九郎の蛇目傘、
誰だか頸すぢに触るやうな、
力のない死螢の翅のやうな。

夜は黒……時計の数字の奇異な黒。
血汐のしたたる
生じろい鋏を持つて
いきぎもとり
生胆取のさしのぞく夜。

夜は黒……瞑つても瞑つても、
青い赤い無数の霊の落ちかかる夜、
耳鳴の底知れぬ夜、
暗い夜、
ひとりぼつちの夜、
夜……夜……夜……

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解説

「夜」に対して子供が抱く恐怖や不思議を沢山のイメージを連ねて描き出しています。

「滑らかな潟海」「ぬるぬるとくちなわの目が光り」とか「黒猫がふわりと」とか、感覚に訴える表現が多いので、そこを注意して朗読しました。

昔、新潮CDの「北原白秋詩集」で日下武史さんが朗読したこの「夜」を聴いて、本当に猫がふわりと歩ている図が浮かんできて、ビックリしました。

不気味な中にも、どこか懐かしさがあります。子供時代の思い出がよみがえるようです。 白秋の時代の夜は、現代よりずっと闇が深く、その恐怖も大きかったことでしょう。

(注)千金丹の鞄…「千金丹」は薬の名前。ここでは、千金丹の入った 鞄を持ってうろつく、妖しい密売人のこと。