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胡瓜

そのにほひなどか忘れむ。
ほのじろき胡瓜の花よ。そのひと日、かげにかくれて
わが見てし胡瓜の花よ。

かの日には歌舞伎見るとて
父上にせがみまつりき。
そがために小さき兄弟(はらから)
日をひと日家を追はれき。

弟は水の辺(へ)に立ち、
声あげて泣きもいでしか。
われははた胡瓜の棚に
身をひさめすすり泣きしき。

かくてしも幼き涙
頬にくゆるしばしがほどぞ、
珍しなる新しき香に
うち噎(むせ)び、なべて忘れつ。

さあれ、かの痛(つ)らき父の眼
たまたまに思ひいでつつ、
日をひと日、泣きも忘れて
数へ見てし胡瓜の花よ。

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解説

キュウリについての思い出です。「人生」「」などと同じく、子供時代の一場面をパッと切り取った感じです。

歌舞伎に連れてってと兄弟で父にせがんで、怒られて、家を追い出された、

弟は水際で泣いている、兄(白秋)は胡瓜の棚でしゃがみこんでいる。ふと胡瓜の香りが漂ってきた。

一瞬で涙がやんだが、そうは言っても父の怒りの顔を思うと何度も涙が戻ってきて、一日そこで泣き暮らした。あの日数えた胡瓜の花がなつかしい…そんな内容です。

こういうふうに、子供の頃の一場面が、何の脈絡もなく、(物語性の中にでなく)ポッと、場面単体として残ってるのは、よくあることじゃないでしょうか。

特に「花よ」の「ハ」で息が抜けやすく、苦労しました。「母」とか、さらに苦手です。ハ、ファァーと情けなく鼻息が抜けて、みっともないことになります。修行が必要と実感しました。