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もうし、もうし、柳川じゃ、
柳川じゃ。
銅(かね)の鳥居を見やしゃんせ。
欄干橋を見やしゃんせ。
(馭者は喇叭の音をやめて、
赤い夕日に手をかざす。)
薊の生えた
その家は、……
その家は、
旧いむかしの遊女屋(ノスカイヤ)。
人も住まはぬ遊女屋(ノスカイヤ)。
裏のBANKOにゐる人は、……
あれは隣の継娘(ままむすめ)。
継娘(ままむすめ)。
水に映ったそのかげは、……
そのかげは
母の形見の小手毬を、
小手毬を、
赤い毛糸でくくるのじゃ、
涙片手にくくるのじゃ。
もうし、もうし、旅のひと、
旅のひと。
あれ、あの三味をきかしゃんせ。
鳰の浮くのを見やしゃんせ。
(馭者は喇叭の音をたてて、
あかい夕日の街に入る。)
夕焼、小焼、
明日天気になあれ。
(注)
BANKO…バルコニー。縁台。
柳川の観光案内といえば船ですが、これは【馭者】だから馬車で観光案内をしてるのです。柳川の独特の言葉を取り入れた詩です。
全篇【馭者】が一人語りしてると考えてもいいですが、【馭者】と【客】の問答形式と見たほうが面白いんじゃないでしょうか。。
「その家は、……」この語尾の「点々」、いかにも「問いかけ」って感じがしませんか?
「継娘。/ 継娘。」「小手毬を、/ 小手毬を、」…ここなんか、「ほうほう、それで?」とお客さんが相槌を打ってるかんじ。「。」と「、」も同調してます。どう思われますでしょうか?
白秋の時代、柳川の遊女屋の前には実際に薊の花が咲いていたようです。「薊の花」という詩で薊が遊女の象徴のように歌われてます。
水路が縦横に走る柳川の情緒を歌った詩では他に「水路」があります。
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