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赤い鳥小鳥

赤い鳥 小鳥
なぜなぜ赤い
赤い実を食べた

白い鳥 小鳥
なぜなぜ白い
白い実を食べた

青い鳥 小鳥
なぜなぜ青い
青い実を食べた

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解説

北原白秋が小田原に居を移した1918年(大正7)、夏目漱石門下の小説家として知られていた鈴木三重吉が独自に雑誌「赤い鳥」を創刊します。

三重吉は白秋に童謡の部を 担当するよう依頼します。これで白秋は長い間の窮乏生活から救われるここととなりました。

白秋は伝統的なわらべ歌の味わいを大切にしつつ当時の読者に対応しうる新しさを出すことに努めました。

中でも「赤い鳥小鳥」を「私の童謡の本源である」とまで言っています。

北海道帯広に伝わる子守唄をヒントに創作されたといいます。

ねんねの寝た間に、
何しょいの。
小豆(あずき)餅の、
橡(とち)餅や。
赤い山へ持ってゆけば、赤い鳥がつつく。
青い山へ持ってゆけば、青い鳥がつつく。
白い山へ持ってゆけば、白い鳥がつつく。

赤い実を食べたから赤い鳥になった、この単純明快な、わかいやすい発想が、子供らしく素晴らしいのです。

いや、赤い実を食べたからって色素が染み出して産毛まで赤くなるなんて、そんなバカな、などと理屈を言ったらダメですね。

残念ながら白秋と三重吉のコンビはお酒の上での口論がもとで破綻してしまいますが、 その15年間(1918-1933)に「砂山(1922)」「からたちの花(1924)」「この道(1926)」をはじめとした名作が世に送り出されたのです。

白秋がその境内に「木菟(みみづく)の家」を建てて住んでいた小田原の伝肇寺(でんじょうじ)には 「赤い鳥小鳥」の碑があります。