車上

春の夜なりき。さくらびと
月の大路へ戸を出でぬ。
灯あかき街の少女らは
車かこめり、
川のふち
霧美しうそぞろぎぬ。

美き人なりき、花ごろも
かろく被(かつ)ぎて、--母ぎみの
乳の香も薫ゆり、--薔薇のごと
われをつつみぬ。
ひとあまた、
あとの車もはなやぎぬ。

いづれ、月夜の花ぐるま、
憂き里さりて、野も越えて、
常うるはしき追憶(おもひで)の
國(その)へかゆきし。--
稚子(ちご)なれば
はやも眠りぬ、その膝に。

解説

子供の頃夜のお花見に行ったぼんやりした思い出を王朝物語風の みやびな言葉づかいで歌い上げます。

「さくらびと」は花見の見物人。いかにも源氏物語的雰囲気を出しています。

「車」は人力車ですが、貴族の牛車をイメージさせます。

「美き人」は白秋の乳母でしょうか。「母ぎみの乳の香も薫ゆり」 なので、母君本人ではないと思います。

子供時代の白秋?はその腕の中で眠ってしまい、御伽噺めいた 夜の花見の車がそのまま思い出の国に行くような、夢と現実が交じり合うワーッともう 幻想的な感じです。

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朗読・解説:左大臣光永