時雨

時雨は水墨のかをりがする。
燻んだ浮世絵の裏、
金梨地の漆器の気品もする。
わたしの感傷は時雨に追はれてゆく
遠い晩景の渡り鳥であるか、
つねに朝から透明な青空をのぞみながら、
どこへ落ちてもあまりに寒い雲の明りである。
時にはちりぢりと乱れつつも、
いつのまにやら時雨の薄墨ににじんで了ふ。

解説

「時雨」は秋から冬にかけて降る、突発的な通り雨のこと。俳句的には冬の季語です。

「水墨集」のコンセプトにふさわしく、まさに全体が薄墨ににじんだような、水墨画的世界を描き出しています。ほのかに墨の香りまで漂ってきそうな詩です。

「金梨地」は「金」の「梨地」で、表面がざらざらした漆の上に金粉をまいたもの。

冒頭の「時雨は水墨のかをりがする」は、思い切ってささやき声で読みました。あんまり意識しすぎると単にキモイ声になるので注意が必要と思いました。

松尾芭蕉は「笈の小文」の冒頭で「旅人と我名よばれん初しぐれ」と詠んでいます。「この時雨の時期に私は旅人の姿となって出発するのだ」といった意味で、故郷伊賀に向けての旅に先立ち、詠んだものです。

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朗読・解説:左大臣光永